写真帖(鉄道写真・車窓風景)      行程表に戻る   写真帖(観光写真・その他) 
  主なみどころ
   ・筑後川昇開橋
   ・松浦鉄道
   ・島原鉄道
   ・快速 みすゞ潮騒
   ・余部橋梁
1日目(11月17日) 広島県呉市「大和ミュージアム」 山陽 瀬戸内海 いい天気だ~~ 
明るい山陽本線 
東尾道~尾道   尾道大橋の向こうに尾道市街地 尾道~糸崎   因島大橋を望む。 八本松~瀬野   紅葉の八瀬野下り
 
まもなく日暮れだ、呉線 
広島発15:08
 3942Mの後方展望
  天神川駅付近
 左端に上り線ホーム
山陽本線をまたぐ
 
天応駅 
 上り653M(15:42)
呉駅
 
 
本日、夜の広島駅
瀬戸内マリンビュー4号
(19:12着)
芸備線1878D(19:00発)
 
こだま669号(19:03発)
 
左 ひかり477号(19:10発)
右 こだま670号(19:15発)
こだま670号(19:15発)
 
のぞみ41号(19:50発)
 
 
2日目(11月18日) 福岡県柳川・大川 筑後平野の百万の生活の幸にふれて
西日本鉄道天神大牟田
宮の陣~櫛原 
筑後川
花畑~津福  右側は九州新幹線用地
JR鹿児島本線上の列車は1387M大牟田行き。
西鉄柳川駅
 
 
旧国鉄佐賀線  長崎本線佐賀駅から鹿児島本線瀬高駅までを結んでいた路線。24.1km。昭和62年3月28日廃止。
同じ踏切跡 (左)瀬高方
        (右)佐賀方 旧筑後柳河駅    
ここ
旧筑後柳河駅
   公園になっている。
旧筑後若津駅
   奥に昇開橋が見える。
筑後川昇開橋から (左)瀬高方(福岡県大川市)
            (右)佐賀方(佐賀県旧諸富町)
   
筑後川昇開橋 旧国鉄佐賀線筑後若津橋梁  可動橋。現在は歩道橋として開放。国指定重要文化財。                           筑後平野の
 
佐賀県側から               百万の 生活の幸を 祈りながら 川は下る  有明の海へ
筑後川   下流方面 筑後川   上流方面 そのフィナーレ
  可動部分上昇中 橋が上がりきる前に帰りのバスが来てしまった。                       ああ
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3日目(11月19日) 松浦鉄道、唐津市、九響定期 これはなんともまったりした列車旅   
かもめ7号、ハウス・テンボス3号、みどり3号 
鳥栖駅
 
鳥栖サッカースタジアム 
  最終戦は山形と。確か引き分けだったはず。 
列車がやってきた。
 
肥前山口駅
かもめ7号が切り離れて、長崎駅に向かってまっしぐら。
早岐駅
ハウステンボス3号が切り離されて、終着までもう一息
大塔駅
みどり10号と交換
佐世保駅
 
    
松浦鉄道  西九州線 
佐世保中央駅(左写真の矢印) 
そこからアーケード街と道路をまたぐとすぐに
中佐世保駅(右)その間わずか200m 
相浦駅からの景色
  
佐々駅(12:08)
MR-501 レトロン号 
たびら平戸口駅
下り343Dと交換(12:48)
すえたちばな駅  なんとなく長崎っぽい景色 かつて日本で最も西に敷かれていた線路  ここ かつて日本で最も西に置かれていた駅
松浦鉄道(西九州線)
 有田と佐世保、直線距離で15㎞の町を周りに周って93.8kmで結ぶ路線。伊万里、松浦、平戸、佐々などの町を結び、リアス式海岸を縫うように走ります。
 JR松浦線を昭和63年に第三セクター化。JR唐津線と分離した伊万里駅は頭端式の構造になっています。以前は世知原線、柚木線、臼ノ浦線が分岐し、ネットワークを形成していましたが、いずれも廃線。
 過疎化とともに、長崎・佐賀県境の栗ノ木峠に国見トンネルができて、更に鉄道の地盤沈下が進んだのではないかと、地図を読んで推測しています。実情は別のところに種々あるのでしょうが、自動車に頼らない住民の足として、風光明媚な沿線観光の足として、今後も幅広く事業が展開されることを祈念します。
前浜~鷹島口  (左)北の方角 鷹島が見える。 (右)東の方角 鷹島への連絡船
  
これから乗るJR筑肥線8530D
 
 伊万里駅  左がJR筑肥線、右が松浦鉄道
  双方の駅の真ん中を車道が貫通する。
今乗ったばかりの松浦鉄道336D
 
   
筑肥線
肥前久保~山本  
  唐津線が近づき、唐津線をまたぎ、振り返って立体交差、単線並列上に唐津線本牟田部駅
山本~鬼塚
  筑肥線旧線跡
唐津駅
 
和多田~東唐津  松浦川から見た唐津城 鹿家~福吉  暮色に染まる玄界灘。
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4日目(11月20日) 島原鉄道、長崎の夜景 雲の雲仙、夜長の長崎          
諫早駅
朝 虹の下の諫早駅    111南島原行き  224D佐世保行き
  
島原鉄道  JR長崎本線諫早駅から島原を経て加津佐に至る延長78.5kmの私鉄路線。旧国鉄時代には、博多や長崎からの乗り入れもあったそうです。
            南島原駅を境にして北目線、南目線と呼ばれていました。南目線はかつて口之津鉄道が経営(昭和18年に経営統合)。
            平成3年の雲仙普賢岳の火砕流や二次災害の土石流などによりたびたび寸断。平成9年4月に高架工事が完成し、全線で運行を再開。
            平成20年4月に島原外港~加津佐を廃止、引き換えに残存区間で列車を増発。経営資源を集中させることで安定的な運行を目指しているといえます。
111列車の車窓から 
 本日の多良岳
小野本町駅付近 愛野駅付近 吾妻~古部
  
島原駅前から見上げる
島原城と眉山   おお
島原駅 
大三東駅  有明海の干潟が足元に広がる 三会~島原  眉山(左)と雲仙普賢岳    
   
観光トロッコ列車  雲仙普賢岳の火山災害からの復興の象徴としての意味合いを持った列車。路線の部分廃止により、わずか10年余で運行を終了した。   
 本日の雲仙普賢岳  トロッコ列車からの景色     
島鉄本社前~南島原
 眉山を見る。手前の入り江は引き潮の状態
安徳~瀬野深江 水無川を渡る。
 普賢岳が見えてきたが、雲が出ている。なぜだ!
瀬野深江~深江
 山にかかる雲が最も小さくなった一瞬
  
115列車の車窓から 
深江~布津新田
普賢岳を見返すが雲の中
龍石駅付近
島原湾の干潟が間近
原城~有馬吉川
  
有馬吉川~東大屋
天草諸島を望む
加津佐駅までもうすぐ
 
国土地理院五万分一
「島原」
普賢岳噴火前と後の図幅
     
加津佐駅  島原鉄道の終着駅   
加津佐駅前のコンビニから買ってきたおにぎりを、ここに座ってほおばる。
 加津佐の浜辺
この写真をとった場所まで、獣道ができている。なぜか・・ 
   
南島原駅
加津佐駅 周りにはなぜか猫が多い。  島原外港駅 ここから先、もう列車は走らない。  島原駅で列車を見送る。 
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5日目(11月21日) 軍艦島、伊万里の牛のたたき 大村湾穏やかなれど、軍艦島は波高し
長崎本線(海線)
東園~大草 海線の風光の白眉。大村湾の鏡のような海面。雲仙普賢岳も今日はきれいに見えている。
 
長崎電気軌道     
(左)赤迫 (右)正覚寺下
いずれも終点。あと一つ蛍茶屋に行けなかったのが残念
松山町~浜口町
ビルの中を潜り抜ける
松山町~浜口町
同じ踏切で。JR線には長崎行き823Mが通過。
   
有田駅 外観
有田駅 
松浦鉄道ホーム
ハウステンボス 佐世保港 佐世保駅南側すぐ
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6日目(11月22日) 山口県 みすゞを訪ねて、萩の夕刻散歩 静かだね、響灘
 
こだま755号 管理人が最後に見た0系の営業運転 小倉駅 線路の付け替え工事真っ最中 門司駅 10:09頃 遅れた「富士・はやぶさ」か
  
快速 みすゞ潮騒1号 
下関駅 小串~湯玉 景勝地等の眺望のため一時停車   (左)男島、女島、竜宮島  (右)響灘
宇賀本郷~長門二見 景勝地等の眺望のため一時停車   (左)壁島   (右)夫婦岩  こっとい駅 なんでそう読むの?
阿川~長門粟野 油谷島を望む。
 
長門粟野~伊上 
標識が写らなければ、どこかわからなかった写真。
仙崎駅
仙崎12:50発
快速みすゞ潮騒2号 
黄波戸~長門市 景勝地等の眺望のため一時停車   終着までもうすぐ
山陰本線 
長門市駅
↗美祢線、下関方面
↘仙崎支線、松江方面
萩16:07発1574D
 益田行き
 
萩16:24発1577D
 長門市行き
萩駅
←右側の大きい入口は資料館、左側が駅の入り口
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7日目(11月23日) 余部橋梁、玄武洞、城崎温泉 日本海もまた気持ちのいい天気   
山陰本線 
   
早朝の益田駅   益田駅 スーパーまつかぜ6号  
  
大山五態  本日の大山 
伯耆大山~淀江  ここ 下市~中山口  ここ 中山口~赤碕  ここ
浦安~由良  ここ 由良~下北条  ここ
 
鳥取駅  (右)530D浜坂行き
 
浜坂駅  (右)快速「あまるべロマン」2号が見える。
 
浜坂~久谷 
坂を登る。わくわくどきどき
餘部駅
ついに来た! この先に・・
 
余部橋梁 画像はすべて2007年(平成19年)11月23日撮影
山側から見た全景
 
海側から見た全景
(橋梁を渡っているのは浜坂行き173D)
この日撮影した列車  餘部駅の停車時刻・上下・列車名・行き先の順   なお、( )は通過時刻

    12:23 上り 快速「あまるべロマン」2号  香住行き
    12:38 上り 172D              城崎温泉行き
   (13:07) 下り 特急「はまかぜ」1号     浜坂行き
    13:18 下り 快速「あまるべロマン」3号  浜坂行き
    13:31 上り 174D              豊岡行き
   (13:41) 上り 特急「はまかぜ」4号     大阪行き
    14:00 下り 173D              浜坂行き
    14:52 上り (快速「あまるべロマン」4号) 豊岡行き
余部橋梁の沿革
 旧橋 鋼製トレッスル橋
  1909年(明治42年)12月16日 着工
  1912年(明治45年) 1月13日 完成
  1912年(明治45年) 3月 1日 供用開始
  2010年(平成22年) 7月16日 運用終了
   その後撤去開始
 新橋 RC橋
  2007年(平成19年) 3月29日 着工
  2010年(平成22年) 8月11日 線路切替
  2010年(平成22年) 8月12日 供用開始

快速「あまるべロマン」2号
餘部駅から見送る。
お立ち台にて  城崎温泉行き172D
 
快速「あまるべロマン」3号
 
はまかぜ1号 まだキハ181系です。
 
はまかぜ4号
海側で待つつもりだったが時間の目測を誤る。
豊岡行き174D
 
鉄骨の幾何学模様
昭和61年列車転落事故の
慰霊碑。謹んで黙祷。
間近で見上げると、さすがに高い。青天の霹靂を案ずる気持ちというのがなんとなく
判るような気がする。鉄橋の架け替えは、一方で永く待たれたものだったとも聞く。
餘部駅へは、橋梁の下をジグザグにのぼっていきます。
 
午後2時40分頃の余部橋梁
 お立ち台に座って、おにぎりをほお張る。遅い昼食。
 幼子連れの一家がここまで登ってきた。
 「いつ列車が来るの?」
 「10分経ったら来るよ」と教えてあげた。

 その列車が通る前に、管理人はここを降る。
餘部駅
列車の待ち人 三々五々。


 
快速あまるべロマン4号の到着
 キハ65系「エーデル鳥取」車。
 この秋「体育の日」「勤労感謝の日」三連休のみ運行。
 この日、全車指定ながら意外に乗客は少なく、中間車の乗客にも展望室を勧めるアナウンスが流れていた。
 なお、この車両は、2010年中に廃車になったという。
快速あまるべロマン4号の車窓から  (左 海側を望む  中 山側を望む  右 後方展望 トンネルから余部橋梁の向こうにある餘部駅を見る)
 
香住駅
快速あまるべロマン4号 15:02着 15:24発
特急かにカニはまかぜ 15:05始発  大阪行き
城崎温泉駅にて
快速あまるべロマン4号 15:51着 15:57発
快速813D(タンゴディスカバリー1号)15:46終着
城崎温泉駅にて
特急きのさき3号 15:57終着(京都発)
  
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8日目(11月24日) 兵庫県石生の中央分水界 温泉だもの、入らなきゃ      
山陰本線
豊岡駅の朝 霧が立ち込めています。 再び城崎温泉駅にて 玄武洞駅付近
 
和田山駅 下り「かにカニはまかぜ」
 
管理人が最後に見たキハ181系の営業運転
福知山線 市島駅 北近畿5号が接近。
 
福知山線 塚口~尼崎
 平成17年4月の事故現場。謹んで黙祷
  
新大阪駅  ともかくホームの端に15分もいるだけでこれだけの写真が撮れる。
(右)485系回送?
(左)はるか30号(15:07)
姫路行き
新快速3261M(15:09)
スーパーはくと9号(15:17)
スーパーくろしお21号
(15:03)
(左)はるか37号(15:15)
(右)EF66 配1392
雷鳥93号(15:16)
 
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